January 05, 2007

名曲解説〜マーラー交響曲第5番 嬰ハ短調

コンポーザーXの名曲解説
    〜マーラー交響曲第5番 嬰ハ短調


マーラーの交響曲第5番嬰ハ短調は
1901年から翌年にかけて作曲されている。
マーラーの交響曲作品としては5番目の作品となる。
この作品はそれまでの2番から4番まで続いた
「子供の魔法の角笛」の素材を用いた、
歌曲つきの交響曲とは異なり、純粋な器楽による交響曲を、
意図した三部作(第5、6、7番)の、最初の作品にあたる。

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August 26, 2006

名曲解説〜ブルックナー交響曲第4番「ロマンティック」

コンポーザーXの名曲解説
    〜ブルックナー 交響曲第4番「ロマンティック」 変ホ長調


ブルックナーには習作と0番の交響曲も入れると、

11曲の交響曲があるのですが、

この4番「ロマンティック」はその中でも、

最も頻繁に演奏されてきた交響曲の一つです。


作曲は1874年の1月に始められ、

その年の11月に全4楽章が完成されています。(第1稿)

この第1稿はウイーンフィルにより試演されましたが、

「第1楽章以外は演奏の価値なし」と酷評され、

交響曲第5番を完成させた後の1878年から、

改訂作業に取り掛かることとなりました。

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February 24, 2006

名曲解説〜シベリウス 交響曲第2番 ニ長調 op.43

コンポーザーXの名曲解説
    〜シベリウス 交響曲第2番 ニ長調 op.43


フィンランドの作曲家
ヤン・シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957)には

7つの交響曲がある。


そのうちで最も有名で人気があるのが
この交響曲第2番 ニ長調 op.43である。

シベリウスは1892年、
25歳のときに作曲した

「クレルヴォ交響曲」


大成功
を収め、


国際的に知られる作曲家になった。

また、1897年には

「民俗的発想による意義と価値」
を認められ、

政府から終身年金を支給されるようになった。

以後、シベリウスは教職も辞し、


作曲活動に専念する事になる。

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January 09, 2006

名曲解説〜ドビュッシー 交響詩「海」

コンポーザーXの名曲解説
    〜ドビュッシー 交響詩「海」
       −管弦楽のための3つの交響的素描


交響詩『海』は、フランスの作曲家

クロード・ドビュッシー


傑作の一つ
として数えられる

管弦楽作品の一つである。

この作品はドビュッシーの唯一のオペラ作品、
「ペレアスとメリザンド」の完成の翌年、
1903年の8月に作曲が開始され、
1905年の5月15日に完成された。

全体は3曲からなり、完成時の予定では第1曲が
”サンギネール島の美しい自然”、第2曲が
”波の戯れ”、第3曲が”海を踊らせる風”
というタイトルになる予定であったが、
その後、

1. 海の夜明けから真昼まで
2. 波の戯れ
3. 風と海の対話

のタイトルに変更されている。

ドビュッシーは”海”に対して特別な愛着

を感じていたようで、
音楽家になっていなかったら

水夫になりたかった

答えていた事もあったほど、自然の中では、

とりわけ”海”


に愛情と情熱

を持っていたようである。

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November 23, 2005

名曲解説〜バルトーク 「管弦楽のための協奏曲」

コンポーザーXの名曲解説
    〜バルトーク 「管弦楽のための協奏曲」


ハンガリー

生んだ20世紀最大の作曲家バルトークは、

祖国ハンガリーでナチス・ドイツに反撥する言動を

積極的に行ってきていたが、次第に圧迫を受け、

1940年にアメリカへの亡命を余儀なくされた。

しかしアメリカに移住したバルトークは、

アメリカでは彼の作品が

殆んど知られていないこともあり,

実力を発揮できるような仕事には
ありつけずにいた。
(コロンビア大学で民俗音楽の研究)



生活は困窮を極め

さらに悪い事には白血病

侵されていることがわかり・・・

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November 19, 2005

気になること〜ショスタコーヴィチ 交響曲第5番「革命」 ニ短調 op68

ショスタコーヴィチ 交響曲第5番「革命」 ニ短調 op68
を聴いて気になったこと・・

ショスタコーヴィチ 交響曲第5番「革命」を
色々な演奏で聴いてみて少々気になることが出てきました。
一番気になったのはテンポに関する事です。

第4楽章のコーダの最後、4/4になる所のテンポ。
この話はマニア(?)有名な話でしょう。

ここは現在では4分音符=88という事で解決がついたようです。
(ムラビンスキー使用のショスタコーヴィチ自筆譜には
88と書いてあったとか。)
残念ながらcomposerxが調べた範囲では、
4分音符=88のスコアは見る事が出来なかったのですが、
4分音符=188と、8分音符=188の楽譜を見る事が出来ました。
といっても8分音符=188は4分音符換算にすると94になって、
88とは大きな違いは無く、殆ど解釈上の誤差の範囲内になってしまいますので、
CDを聴いてもどちらで演奏しているかは
判別がつかないかも知れませんネ。

ちなみに先の
ザ・ベストCDオブ "ショスタコーヴィチ交響曲第5番「革命」"
でエントリーしたCDは・・・・

 

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October 30, 2005

名曲解説〜ショスタコーヴィチ交響曲第5番ニ短調作品47「革命」

コンポーザーXの名曲解説
    〜ショスタコーヴィチ交響曲第5番ニ短調作品47「革命」


ロシアの作曲家

ドミトリ・ショスタコーヴィチは、

生涯に15曲もの交響曲を書いた

ロシアを代表する作曲家の一人である。
この交響曲第5番ニ短調作品47「革命」は、
彼が1937年の4月から7月にかけて作曲した、

ショスタコーヴィチの最も知られた交響曲である。

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October 12, 2005

名曲解説〜ベートーヴェン交響曲第5番「運命」op67

コンポーザーXの名曲解説
    〜ベートーヴェン交響曲第5番「運命」op67


1807年から1808年にかけて作曲された作品で、

ベートーヴェンの代表作
のひとつ。


特に第1楽章、冒頭の動機が、

「かく運命が戸を叩く


ベートーヴェン自身が説明した、と弟子のシントラーによって
伝えられて以来、「運命」という劇的な題名で呼ばれるようになり
人気を高める要因ともなった。

この曲の最初のスケッチは、1803年に既に見られることから、
交響曲第3番「英雄」の完成以前に、想を得、交響曲第4番を
書き上げながら、満を持して、

5年の時を経て完成
させたのだった。

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August 21, 2005

名曲解説 ブラームス 交響曲第1番ハ短調作品68

コンポーザーXの名曲解説
   〜ブラームス 交響曲第1番 ハ短調 作品68


この交響曲第1番が初演されたのは1876年の事で、


ブラームス(1833生-1897没)が43歳の時である。
この曲が完成したのは、作曲の想が練られてから、


既に20年の歳月を経ていた。

 

同じ年齢の時にベートーヴェンは既に、
8曲の交響曲を完成していた事を考えると、
ブラームスの


交響曲に対する慎重さは、


特筆に価する。

彼は明らかに巨人


”ベートーヴェン”


足音を常に背後に
聞いていたのであり、
そのプレッシャーが


彼の筆を慎重にさせたのである。

 

ブラームスがそれまでに交響曲を書こうとしなかった訳ではない。


現在、ピアノ協奏曲第1番ニ短調


として知られている曲は、
もともと2台のピアノのためのソナタとして構想され、


その後、交響曲として発想しなおされた。


しかし最終的にはピアノ協奏曲として
完成する事になる。

この交響曲第1番の


第1楽章の初稿は、


1862年に完成されている。


(この稿は現在のような緩やかな序奏は持っていない)

 

しかし完成までにさらに14年もの


歳月が必要だったのは、
必ずしも、彼が高い完成度を求めたせいだけではない。

19世紀の半ば頃からドイツでは、


音楽の進歩を信じ、「未来の音楽」を創造しようという


機運が大きな勢力になっていた。


例えば、ベートヴェンは交響曲に合唱を導入し、
リストは交響詩を発案した。
またワーグナーは歌劇を総合芸術に高めるべく、
楽劇を造った。

 

しかし中には、古典の価値を疑わず、


ベートーヴェンの遺産を受け継ぎ、


発展させてくれる新しい才能


待ち望んでいる人たちもいたのだ。

シューマンは1853年に、


若干20歳の無名の青年ブラームスを、


こうした期待にこたえる才能として
「新しき道」と題する評論の中で、


紹介したのである。

 

ブラームス 交響曲第1番 ハ短調 作品68

第1楽章  ハ短調 6/8拍子 un poco sosutenuto〜Allegro ソナタ形式 第2楽章  ホ長調 3/4拍子 Andante sosutenuto 第3楽章  変イ長調 2/4拍子 Un poco allegretto e grazia 第4楽章  ハ短調〜ハ長調 4/4拍子  Adagio〜Piu andante〜Piu allegro
終楽章の第1主題はベートヴェンの「歓喜の歌」との
近親性がよく指摘されるが、ブラームスはそれらの声を
意に介していなかったようである。


ブラームス「交響曲第1番」のCD (楽天ショッピング)


ブラームス交響曲全集 (HMV)


          コンポーザーX

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July 13, 2005

名曲解説〜ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調「新世界より」

コンポーザーXの名曲解説
    〜ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調「新世界より」


この曲はアントニーン・ドヴォルザーク

(1841〜1904)が
ニューヨークのナショナル音楽院の学長に就任し、

同地に滞在していた、1893年の5月

完成された作品。

ドヴォルザークはニューヨークの大富豪の妻であり、
ナショナル音楽院の創立者でもある、ジャネット・M・サーバー夫人に

ナショナル音楽院


学長と作曲の教授就任の依頼をされ、
ニューヨークに2年半あまりの滞在生活をすることになった。

その頃、ドヴォルザークは50歳をすぎ、
既に交響曲第8番、レクイエム、ピアノ三重奏曲「ドゥムキー」などの
名作を発表していて、

作曲家としては絶頂期にあった。

またケンブリッジ大学から名誉博士号、

プラハの大学からも名誉哲学博士号、

科学・芸術アカデミー会員、

オーストリア皇帝からは鉄王冠章を贈られるなど

チョコの国民的作曲家として

国際的な名声を博していた。



最初は見知らぬ土地での生活に躊躇していたドヴォルザークであったが、

こうした要請を名誉であると思うところもあり、

結局、契約することにした。



サーバー夫人としては、

アメリカ独自の音楽文化の振興をはかろうと、

思っていることもあり、

そのためには国民音楽の創造

理解ある人物が必要と考えたのだ。

そこで、白羽の矢を立てたのがドヴォルザークであった。



ドヴォルザークはチェコの国民音楽の推進者として

理解されているのみならず、

世界的にもチョコの国民的作曲家として高名でもあった。

彼女はドヴォルザークが

この役にぴったり

であると思ったようである。



交響曲第9番 ホ短調「新世界より」はこのニューヨークの

ナショナル音楽院の就任した次の年(正確には4ヵ月後)の

1893年の1月ころから書き始められた。



彼はこの頃、音楽院の教育活動を通じて

アメリカの人々や音楽にも親しみ、

特に黒人霊歌には

これこそ”アメリカの作曲家が学ぶべき音楽”

と力説した。



それらのアメリカでの生活の影響が、

色濃く反映されている曲と言えるだろう。


ドボルザーク 交響曲第9番 ホ短調「新世界から」



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June 15, 2005

名曲解説〜ストラヴィンスキー《春の祭典》

コンポーザーXの名曲解説
    〜ストラヴィンスキー バレエ音楽《春の祭典》


ストラビンスキー(STRAVINSKY 1882〜1971)
の《春の祭典》(LE SACRE DU PRINTEMPS)は
彼がちょうどバレエ三部作の第一作である、
《火の鳥》を作曲しているときに見た

不思議な幻想・・・
が基になっている。

それは、異教徒たちの行う
原始的で厳粛な儀式の場面で、
車座になった長老たちの前で、
太陽の神のいけにえとして選ばれた

乙女たちが、

狂ったように
踊りながら
死んでゆく・・・そんな幻想だった。

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June 01, 2005

名曲解説〜マーラー交響曲第1番「巨人」ニ長調

コンポーザーXの名曲解説
           〜マーラー交響曲第1番「巨人」ニ長調


この曲は1884年マーラーが24歳のときに
最初にスケッチが始められ
1883年3月に完成された

最初に出版された交響曲だ。

最初に出版された・・・というのは
ようするに、始めて作曲された交響曲ではない
ということだ。

マーラーは第1交響曲を書くまでに
既に4つの交響曲を書いている
と言われているが、
それらの楽譜は亡くなった年(1911年)

までにどうも処分されてるっぽい。

まぁ、研究者にとっては喉から手が出るほど見てみたい

楽譜であろうが、マーラー自信は死んでも見せたくない

(もう死んでるか・・・)と思っているに違いない

そらぁ〜不完全な曲だと思ったから破棄したんだろうからネ



ま、それはともかく第1交響曲「巨人」は

4年もの歳月をかけて

作曲されたのだった。



随分と長い時間かけたな〜と思われるかもしれないが

マーラーはこの間、

カッセル宮廷歌劇場、プラハ、ライプツィヒの歌劇場、ブタペストの王立歌劇場

の指揮者を歴任しているわけで、

まぁ大忙しの売れっ子指揮者でもあったわけだ。

なかなか作曲はかどらない訳です。



そんなこんなで時間が掛かってしまった第1交響曲「巨人」であるが

1889年にブタペストでマーラー自信の指揮により

初演されたが、ちょっとした騒ぎになったそう。

要するに不評



その後、再演した折には、聴衆にわかりやすいようにと

1楽章ごとに表題を付けたりした。



その後もなんだかんだと改定を重ね、

今現在演奏されている版がほぼ完成したのは

1896年、ベルリンで演奏されたとき

であった。(ちなみに出版は1899年)



マーラーはワーグナーの「指輪」サイズの

ドデカいオーケルトラを

交響曲に求めた最初の作曲家だろう。

(基本は4菅編成でホルンが7、トランペットが5と拡大されている)


これはブルックナーのような荘厳さの為でもなく

リヒャルト・シュトラウスのような

豪華絢爛さをオーケルトラに求めたのとも違う。

純粋に表現の幅の拡大を狙ったものだと思う。



ちなみにこの副題の「巨人(Titan)」は

マーラーの愛読書であった

ジャン・パウルの小説

「巨人」から取られている。



演奏によっては「花の章」という楽章

が入っているものがあるが

この楽章は出版の際に

削除されることになった。



第1楽章 4/4拍子 ニ長調 ソナタ形式
第1主題は「さすらう若人の歌」に
もとづいている
第2楽章 3/4拍子 イ長調 三部形式
スケルツォ。トリオはワルツ風
第3楽章 4/4拍子 ニ短調 三部形式
パロディーとしての葬送行進曲
童謡”フレール・ジャック”の
メロディーが使われている
第4楽章 2/2/ ヘ短調 ソナタ形式
恐ろしい戦いと死を通じての勝利




マーラー交響曲第1番「巨人」のCD






          コンポーザーX


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May 24, 2005

名曲解説〜チャイコフスキー交響曲第6番ロ短調「悲愴」

コンポーザーXの名曲解説
            〜チャイコフスキー 交響曲第6番ロ短調「悲愴」


この曲は ピヨートル・イリイチ・チャイコフスキー (1840〜1893)

最後の作品。

1889年に初案が計画されたが

その後破棄

1892年の年末から

新たな構想を練り始めた。

・・・結構、時間かけてるゾ


新作への並々ならぬ

意気込みが
伺われる


この作品には

チャイコフスキー自身、

相当自信を持ってた!!

ようで

次の年の2月に

弟のアナトーリあてに

この交響曲が自分の

最高の作品

になるであろう

という内容の手紙を出しているぞ。

ふむふむ・・・



また甥のダビドフには同時期に、

”この交響曲には表題があるが

それはである”

と言ってる。

(どういう意味だか解らん・・・)



初演は1893年の10月28日に

作曲者の指揮で初演された。



悲愴(Pathetique)

という副題は

初演の翌日、弟モデストと

相談の結果

につけられたらしい。



そのたった9日後の11月6日に

チャイコフスキーは

コレラの感染によって

命を落とした。



享年53歳



近年、この死はコレラによるものではなく

同性愛の発覚

による服毒自殺

とい説もある。(マジ?)

(音楽の友1981年9月号参照)



彼の死後、行われた追悼演奏会では

彼の突然の死を悲しむ聴衆の嗚咽の声で

会場が満たされたという。


いずれにせよ

突然の死だったからな・・・




第1楽章 アダージョ〜アレグロ・ノン・トロッポ ロ短調 4/4
重いファゴットの序奏から始まる2つの主題を持ったソナタ形式の楽章
第2楽章 アレグロ・コン・グラツィア ニ長調 5/4
ロシア民謡によく見られる5拍子の曲。ワルツのような舞曲。
第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ ト長調 4/4
スケツォと行進曲を合わせたような楽章
第4楽章 フィナーレ アダージョ・ラメントーソ ロ短調 3/4
交響曲の終曲としては異例のテンポの遅い楽章。しかも内容は重く
ペシミスティックである。近年、自筆譜の研究の結果、この楽章
のテンポはアダージョではなくアンダンテであるという説もある。


 



          コンポーザーX


 

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May 21, 2005

名曲解説〜ベルリオーズ「幻想交響曲」op14

コンポーザーXの名曲解説

         〜ベルリオーズ「幻想交響曲」op14


この曲は当時まだ無名だった

ベルリオーズ(1803〜1869)を

世界に知らしめた革新的な曲で、

初演された1830年は

ベートーベンが死んでから3年後

ということを考えると

この曲の斬新さが

わかるだろう。
 
もともとベルリオーズは

ほとんど楽器の演奏が出来なかった人で、

そのせいか既成の音楽概念にとらわれない

独自の音世界を構築した。



また、自ら管弦楽法の著作を書き上げるなど

オーケストラの楽器に関する知識、

使用法にも長けており、

「幻想交響曲」でも

その斬新な管弦楽法

随所に見られる。



この曲は歴史的に見ても

「標題音楽」の最初の

傑作

後世に与えた影響も非常に大きい。



この作品の作曲のきっかけは、

1828年にベルリオーズが22歳のとき、

パリで公演した、シェイクスピア劇の主演女優、

ハリエット・スミスソンの演技に感激

彼女に激しい恋心を燃やした

ことに始まる。



もちろん人気女優と無名の作曲家の恋が

成就するはずもなく

彼の恋心は片思いに終わったが、

この激しい恋愛体験が”

絶えることのない熱情

を音楽として描くという作品として

結実したのだ。



作曲は1829年6月から1830年にかけて

作曲された。初演は1830年12月5日。




p.s. 実はハリエット・スミスソンとベルリオーズはその後結婚した。





ミュンシュ(シャルル) パリ管弦楽団

デュトワ(シャルル) モントリオール交響楽団



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May 17, 2005

名曲解説〜モーツァルト「交響曲第40番」

コンポーザーXの名曲解説
    〜モーツァルト「交響曲第40番」ト短調k550


この曲は1788年の7月25日に完成されたモーツァルトの
最後から2番目
のシンフォニー。
この年の6月から8月にかけてのたった3ヶ月のうちに、
3つもシンフォニーを書き上げるという

大変な仕事ぶり

のモーツァルトであった。

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