January 10, 2007

ニューヨークフィル ビック5オーケストラから脱落

ニューヨークフィル ビック5オーケストラから脱落

少々古い記事になってしまいましたが、
興味深い内容なのでアップしておきます。

By FRED KIRSHNIT
The New York Sun
December 5, 2006
http://www.nysun.com/article/44570?page_no=1

このFRED KIRSHNIT氏によるかなり手厳しいセレクションによると、
アメリカの”ビッグ・ファイブ”は
ピッツバーグ交響楽団、シンシナティ交響楽団、
ロサンゼルスフィルハーモニック、
シカゴ交響楽団、ボストン交響楽団のようです。
(サンフランシスコ交響楽団、何故入っていないのでしょう??)


1950年代から、「ビッグファイヴ」はアメリカのオーケストラの考え方に影響力を持ち、チケットの購入者に表面上、最も確実で一貫した演奏を聴けるよう、影響を与えてきました。ここニューヨークでは、このグループ化は特に重要な意味を持ちます:これらのオーケストラの各々は毎年この街にやってくるからです。時間は根本的な再編成に正しい判断を下します 。そして修正された「ビッグファイヴ」は適切なものです。


イン:ピッツバーグ交響楽団

マリス・ヤンソンスは、オーケストラビルダーとして奇跡を成し遂げました。この楽団は1950年代にウィリアム・スタインバーグの下、非常に良い楽団でした、ロリンマゼール下でも何とかやってきました、しかし、ヤンソンス氏(ラトビアの指揮者、アルビドヤンソンスの息子)は規律に対する確固たる意識と、内なる声を最大化にするための信じられないくらい細かい取り組みを導入しました。

今、それはアメリカで最もきれいな、最もパリッとしたアンサンブルです。
管楽器だけでも、入場価格の価値があります。今夜、ピッツバーグ交響楽団はカーネギーホールに現れますので、あなたは、あなた自身で審判することができます。

しかし、音楽監督ヤンソンス氏は最近、永久にヨーロッパへ戻るという彼の意向を発表しました。そして、一つのみならず、二つの世界で最もすばらしいアンサンブルを引き受けて、永遠にハインツホールを去っていったのでした。
今は、権力者は新しい音楽監督にではなく、メディア対策に彼らのお金を使いました。新たなパラダイムは、サー・アンドリュー・ディビス、ヤン・パスカル・トルトゥリエとマレクヤノフスキによって導かれる事です。
そして、明らかに、2つの事は決して満たされないもです。それぞれの指揮者にとってのプランは、彼自身の民族性を混合物に染み込ませることで、市民にとってのプランは、新しく採り入れたものに夢中になってもらうことです。
委員会は、多くのお金のかかるリハーサルを認可する準備をしたほうがよいでしょう。

 

アウト:フィラデルフィア管弦楽団

長い間とてもよかったことにもかかわらず、フィラデルフィア管弦楽団は、ごく最近、その精彩を失ってしまいました。ストコフスキー、オーマンディ、ムーティとサヴァリッシュ(それら全ての指揮者はその専売特許である”素晴らしいフィラデルフィア”サウンドを受け継いできました)の先駆者の統治を楽しんだ後に、演奏家達は、一方的に、そして協議なしでとられたマネージメントの、クリストフ・エッシェンバッハを雇うという決定に、ひどくうろたえました。その特徴的なサウンドは、縫い目からほつれてきています。

の2004年のカーネギーホールの公演では、エッシェンバッハ氏は、恥知らずにもマーラーの交響曲の第3番の終楽章から、
明らかに鏡の前での満悦のジェスチャーを行うことを引き出したのでした。
「I'll be seeing You」のテーマは引っ張られたキャンディーのように、殆ど認識できない長さに描き出されました。
Liberace(注:Wladziu Valentino Liberace アメリカのエンターテナー)でさえそんなに芝居がかった事はしませんでした。

彼はあそこではよく見えるかもしれません --"Once More With Feeling"のユルブリナーのように --しかし、それはカウントするる音ではないでしょう?いつの日か、あのずんぐりしたオーマンディを私たちに与えてください。
しかし、望みはあります:エッシェンバッハ氏は、2008年以後契約更新を求めないと最近発表しました。


イン:シンシナティシンフォニー

ジェームズ・レバインの故郷のこの街の人々は、人口統計学上は主としてドイツ系で、アメリカで最も古いシンフォニーホールの誇り高き後援者達でもあります。シッパーズ、ギーレンとロペス-コボスの下で、すばらしいアンサンブルであったこのオーケストラは、国際的な指揮者の息子の下で、見事に開花しました。パーボ・ヤルヴィは、彼の世代で最も素晴らしく、繊細で結果重視の巨匠であることを証明しました。彼は立派な伝統の中で生まれ育ちましたが、それにもかかわらず伝統に挑戦する独自性も持ち合わせています。ヤルヴィ氏は堂々たる態度で決定的な影響を与えてきました。
オーケストラは決してこれほど良く響いた事はありませんし、定期公演も面白く変化に富んだプログラミングを提示しています。


アウト:クリーブランドオーケストラ

1960年代のアメリカで最もすばらしいかったオーケストラは、指揮台の上の”聖人”ジョージ・セルと共にSセベランス・ホールを占有してきました。この集団の中には、ジェームス・レヴァインという名のかなり良い副指揮者がいました。
このオーケストラは、後にマエストロ・マゼールの。かなり水っぽい遺産を乗り越え、クリストフ・フォン・ドホナーニの冷酷な棒の下で、もう一度引き締まりました。全ての事が思い通りになっている様に見えました。委員会がばかげたとしか表現できないような決定をするまでは。

オーストリア人のフランツ・ウェザー・メストがこのオーケストラを引き継ぐことに決まった時、彼はひどい評判でした。
英国プレスによって責められ---彼らはすぐに、"Frankly Worst Than Most" (率直に言って最悪よりもっとひどい)と言う、あだ名をつけられていた--彼はロンドンで、ビル・サイクスと同じくらい容赦なく、追い詰められました。
交響楽団での指導的地位としての彼の在職権は、まさに嵐の中という訳ではなかったけれど、
、ロイヤルフェスティバルホールの観衆にとっては、ひどく満足させなかったです。

クリーブランドでの彼の演奏は、一様にひどかったです。そして、同様に後援者と批評家に嫌われました。
4年たった今、マエストロはカーネギーホールに変化をもたらしました、そして私の批判的な反応は、定期公演で身体的に身震いするような衝動をコントロールすることに集中することを強制されて、幾分押えられたものになりました。


イン:ロサンゼルス交響楽団

この地域の誰も、このアンサンブルが本当にどれくらいよいかわかっているようには思えません、
しかしこれはまったく、東海岸の尊大さが原因だと思っています。
エサペッカサロネンは、ダイナミックで、わくわくするような人物で、おまけに一流の作曲家です。
適当なバランスを保つ間、彼の気迫を並外れた個性へと発揮させる能力は
西海岸のオーケストラが妖精に吹きつけられた風で踊るのを許すのです。
弦楽器は豪華ですが素早いです。木管楽器は正確で詩的です。そして、金管楽器は温かみがあり間違いがありません。
打楽器は輝かしく歯切れがよいです。

全てのメンバーは、かなり融通性のあるマナーで自由である事を許されています。
多分、サロネン氏の秘密は、彼の厳しい支配の下で、演奏家が自由に呼吸するのを許す事に対する明白な信頼でしょう。
いかに原則があるにせよ、彼は例外的にそれを適用してきました。
20世紀の音楽にとっては、特別上等の集団でもあります。


アウト:ニューヨークフィルハーモニック

ショッピングセンターでさえ最高のオーケストラとは言えない。

我々の議論を現代の時代に制限しても、地元のオーケストラは、長い間不十分でした。平凡なストリング音、長引く部分で音の調子を失う傾向、ムラのあるトランペットセクション、そして、凄まじいホルンセクションが、それ自身の演奏へ打ち込むことが無いように見えるアンサンブルのための背景をなしています。アンサンブルのいらいらさせる無関心に加えて、作品の邪魔をしないではいられないロリン・マゼルの指揮は、正味の結果はしばしば騒がしく、のろく、厄介なものです。
その最悪の部分は、彼らが適切なパフォーマンスを、いくつかの夕方には呼び出すことができるということであるかもしれません。エイブリーフィッシャーホールでは、態度が素質より大切なようにしばしば思えます。


泡の上:シカゴシンフォニー

ステータスは変わりません、しかし、将来が鍵です。いらいらさせるようなムラのあるダニエル・バレンボイムによる統治は最終的に終わります。誰が、この偉大なグループを前へ導くのでしょうか?うわさによると、非常に才能があるケント・ナガノが、問題の多いモントリオールを離れ、ミシガン通りに住むだろうとの事です。このグループは、執事役のピエールブーレーズの下、今週末に街に現れます。


持ちこたえる:ボストンシンフォニー

1990年代後期に、小沢征爾はサッコとバンゼッティ(注:1927年、無政府主義者のサツコとヴアンゼツチ・はマサチューセッツで電気死刑にされた)以来、マサチューセッツで最も悪名高い犠牲者になりました。彼のトラブルは”大くるみ割り戦争”から始まりました。そのとき、彼は1996年の11月と12月に、クリスマス演奏週間無しに、彼のオーケストラをアジアへ連れていったのでした。
それから、彼はタングルウッド・フェスティバルでの彼のリーダーシップを、あえて強く主張しました。そして、プレスに愛されていたある重要な人物を替えました。壊滅的な打撃はニューヨーク批評家から来ました。そして、その人はBSOが全ての専門職業意識を失った、その音は正しい音調とバランスが欠けていた、と主張している記事を書きました。小澤に対する不敬の殺到は、結局、彼の生涯の芸術的なプロジェクトを断念して、ウィーン国立歌劇場に署名させることとなったのでした。私はこう報告出来る事を幸せに思います、そこでは誰もが彼を愛しています。

現在はジェームズレバインが担当しています、そして、この窮地を脱しなければなりません。しかし、彼のパフォーマンスのいくつかは、最近目撃したカーネギーホールで不愉快なブラームスの交響曲第1番のように、赤ら顔で太って、薄汚くて、不安定です。


疑い無く、ブーレーズ氏が「音楽は、オリンピックではありません。」と述べる時、彼の言う事は正しいです。
しかし、演奏集団を彼ら全ての能力に基づいてランク付けすることは、批評家と観衆にとっては自然な事です。
我々は今日の高いチケット代に、コンサートがその価値があるといういくらかの保証が欲しいとは思いませんか?

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この曲のコンポーザーXの試聴リスト
(コンポーザーXの本棚/CDラック)

コンポーザーXの怒涛のCD批評
http://composerx.livedoor.biz/
 

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