ハイティンク、コンセルトヘボウデビュー50周年
暇を見つけて、海外のニュースなども紹介してみたいと思っています。
Gold for Haitink
Radio Netherlands Wereldomroe
Gold for Haitink by Philip Smet 10-11-2006
http://www.radionetherlands.nl/currentaffairs/ned061110mc
ハイティンクへ金メダル
今週、ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団は特別な記念日を祝った。それは50年前、ベルナルト・ハイティンクが初めてこのオーケストラを指揮したのだ。この世界的なオーケストラは、若く経験の無い指揮者を、病にある同僚の代わりに招くという賭けを行った。しかしそれはこのオーケストラと指揮者の長い関係の始まりだったのだ。
ハイティンクは現在77歳。いまだ、世界で最も優れたオーケストラ指揮者の一人と考えられている。この50周年記念公演が立証するように全く間違いないことである。
今週末、彼はアムステルダムのロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団と初対面--病の同僚の代役を頼まれた1956年の11月7日に始まった--から50周年の記念を祝った。その時、彼は指揮者の経験がたった2年--ヒルバーシュムの放送管弦楽団--しかなかった。
オーケストラは彼の力量を評価し、主席指揮者のエドゥアルト・ファン・ベイヌムは彼の素晴らしい未来を予言したのだ。
悩み多き関係
ベイヌムが1959年に亡くなった時、30歳だったハイティンクは後継者に任命された。始め、彼は熟練したドイツの指揮者-オイゲンヨッフムとポストを分け合ったが、2年でそれは彼自身のものとなった。指揮者と監督とオーケストラのトラブルの関係からの出発は、彼らの最高潮を時期を過ぎ1988年にオーケストラを去ることになった。
ハイティンクは決してアムステルダムに依存していたわけでは無く、主な地位から離れてイギリスやアメリカのオーケストラと緊密な結びつきをも確立した。ベルリンやウイーンのような重要なオーケストラから定期的な招待を受けさえもした。
今年はピエール・ブーレーズとならんで、シカゴ交響楽団の一時的な主席指揮者にもなった。
ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団とは、マーラー、ブルックナーやR・シュトラウスのような偉大なロマン派の作曲家の指揮者として、すでに評価を確立している。彼のマーラーやブルックナーの交響曲のレコーディングは、フランスの音楽のLPでもそうだったように、大きな国際的で芸術的、商業的な成功をおさめている。彼はまた、たくさんのドイツの作曲家の作品を初演している。彼のショスタコーヴィチの音楽での先駆的な仕事は、西側諸国におけるこの20世紀ロシアの作曲家の評価に大きく貢献した。
オペラ
彼はオランダではこの分野を決して育てる事が無かった。ハイティンクは他の場所で、モーツァルトからワーグナーまで、そして20世紀の作品を含む幅広いレパートリーをカバーするオペラ指揮者としての評価を育てあげた。ハイティンクはマーラーやブルックナーのスペシャリストとしてレッテルを拒絶したのだった。
ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団とのいくぶん緊張した関係は、約10年前に修復された。
記念コンサートではマーラーの「大地の歌」と交響曲第4番を指揮した。両作品とも彼は何度何度もも演奏したにもかかわらず、まだ若干の思いもかけないことをうまく扱った。
観衆はひどく熱心で、「ブラヴォ」の声と大喝釆- オーケストラの音楽家からも-は数分間続いた。 明らかに、彼はもう一度、暖かく受け入れられたのだった。聴衆は決して彼のことを忘れてはいなかったけれど・・。実際、ハイティンクは1999年からアムステルダムのオーケストラの名誉指揮者だった。
(誤訳があったらすいません(^^ゞ) 
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去年聴いたブルックナーは正直彼らの黄金時代からは想像も出来ないものでした。
最近のオーケストラは刺激ばかりを求めて、深みのない薄っぺらな響きになってしまっているのが気になります。そういう意味ではこの往年のコンビは素晴らしい音楽を奏でていたと思います。でも最近のものはやっぱりダメなのですね・・・残念です。アルプス交響曲のCDそのうち聴いてみたいです。
コメントありがとうございました。


